朝木英水

日本文学館エッセイ大賞 「審査員推薦賞」

『いま私が出来る事』


大量の石鹸を使うより、少量の合成洗剤の方が、地球に与えるダメージが少ないなんて、そんな意見を聞きました。だとしたら、さて、私は果たしてどっちを選ぶだろうかと考え込んでいます。
私は台所では、ほとんどお湯だけで洗い物を済ませます。もちろん油物でべとつく時は、石鹸を使いますが、油の質のせいでしょうか、それとも油を使う量が少ない為でしょうか、あまり大量に石鹸を使う必要がありません。
家での食事は、世間一般で言われている、いわゆる自然食ですが、これは息子のアレルギーがきっかけで、初めは否応無しにそうなりました。けれど、十年程前から、自分にとってのいまのこの食生活が、当たり前で普通の物となりました。いまは、スーパー等で普通に売られている食料品を、食べ物として見れなくなってしまった程です。人間の体に悪いものは、当然水も汚すだろうし、空気も悪くするだろうし。
私は食生活が変った事でいろんな事に目を向けるようになりました。大気汚染、オゾン層の破壊、ゴミ問題、ハウスシック、薬害等。先日ある講習会に参加してきました。ピートモスと籾殻くん炭を使って、段ボールで生ゴミを堆肥化するというものです。
私はついでにそこで、洗濯石鹸を使わないでも、それを一緒に洗濯機に入れれば、洗濯物の汚れがきれいになると言われる、ドーナツ状のリングをひとつ買ってきました。いま朝初めて使ってみたのですが、本当にびっくりです。いままで洗濯は、粉石鹸を使っていたのですが、それだと白いものが少し黄ばんできます。息子は匂いが臭いと嫌がり、一年以上前から、自分で合成洗剤を買って来て、自分の物は自分で洗濯をしていました。ところが今日、私が洗った物を見せたら“オレのも試しに洗ってみて”とTシャツを一枚出してきました。いま、それを洗濯している最中です。
その時の講習会で、小さなパンフレットを一枚もらいました。『地球が大変だーっ!』。暑さによる家畜の熱ストレスの増加。大型で強い台風の頻発。熱帯夜の増加、などなど。このままでは………農作物…米がとれなくなる、長野県でリンゴがとれなくなる。ヒト…日本になかった病気が増える。動物、植物…植物の生えているところや動物の住んでいるところがかわる。気象…北極と南極の氷が溶ける砂浜がなくなる、洪水や干ばつが増える。
いやいや、長い目で見たら、結局はそんな事にはならんだろうという意見もあるでしょう。そのパンフレットに、こんなふうに書いてあります。“お日さまが照っています。お魚がおよいでいます空高く鳥が舞ってます。緑の山々が遠く近くみえています。私は子供達と 手をつなぎ、いまここに立っています。あたりまえのこの時を大切に、ずっと過ごしてゆくために……“ 
私はいたっていい加減な人間。ゴミ、掃除、洗い物、洗濯いろんな場面で地球に悪影響と呼ばれている事も少なからずやっています。
ここ数年、子供達の学校関係のおつき合いで、世間一般の食べ物を普通に頂く機会も随分と増えました。それでも自分で出来る限りの事は、気をつけていきたい。そんなふうに思っています。
いま私が見ている目にしみるような新緑や、大波のように風にゆらぐ緑の草、真っ青な空にきれいな虹、黄金色に輝く稲穂に、雪化粧した大木。そんなきれいな地球を壊す事なく、いま私の目に写っている物となんら変らない美しい世界を、私達の次の世代、次の次の世代へとつないでいきたい。地球の命をつなぐため、いまの自分に出来る事を無理なく少しずつ出来ればいいな。いま私は、そんなふうに思っています。
 さて、その不思議なリングで洗濯した息子のTシャツ。 
「どう?」
白いTシャツを差し出した私。
「アッ……」
いままで薄汚れた色に変わり果てていたTシャツが、真っ白になって目の前に差し出された事にびっくりした息子は、言葉も出ないまま、しばし呆然としていました。
この子にも知ってもらいたい、地球の命をつなぐ事。

2006年5月