ディスクオルゴールのため息  シズコ 06.03

『天童オルゴール博物館会館5周年記念・オルゴール作文&エッセイ大募集』優秀賞

受賞作品

『私とオルゴールの出会い』


アルスベル天童オルゴール博物館に、私が初めて入館したのはいつだったろう。おそらく二〇〇四年の暮れだったと思う。母の実家に用事があって天童に出かけた帰り道のことだ。当時、私は仕事を病気で辞めて四年目、退職金も底を着くのは時間の問題。しかし仕事はなかなか見つからない。そんな重い心を抱きながら山形の家に帰る途中、帰り道沿いにあったオルゴール館に「寄って見ようか」という気になった。私はとても疲れていた。
静かな館内の雰囲気に引き寄せられるように、私は入館した。
館内にはオルゴールの案内と解説をして下さる美しい女性がいた。温かくユーモラスな口調で、丁寧に、しかも解りやすく解説して下さった。私はできるだけ前に座った。見たことも無い珍しいオルゴールがたくさんあった。初めて見るオートマタからくり人形に始まり、様々なオルゴールが展示されている。その全てに目を奪われ、音色に心惹かれた。
 「大きなおじいさんの古時計」のように、ディスクオルゴールは厳かに展示されていた。解説を聞きながら私は目を閉じた。真剣に音を聴く時、私は目をつぶる癖がある。ディスクオルゴールは、ディスク盤が上にあがるまで、ジィーっという音をたてた。まるで生きている人間が立てる音のように。その瞬間私の心の何かが動いた。
曲が始まり、音が鳴り出した。何の曲か忘れてしまったが、私にはその音が人間の息遣いのように聞こえた。まるで、私が辛い時に吐く、ため息のように。
以前病を持ちながらも、勤めていた頃を思い出した。職場の方々は本当に親切にして下さった。しかし一つ、私の心に突き刺さる出来事があった。
それは昼食後のことだ。給湯室でお弁当箱を洗っている時、上司の方が声をかけて下さった。「佐藤さん、そんなにため息ばかりばかりつくものじゃないよ。その分、深呼吸でもしてご覧。」私は無意識にしょっちゅうため息をついていたらしい。
その上司の方はご厚意で教えて下さったのだと十分頭ではわかっていたつもりだが、私は「ため息すらついていけないのか」と心が塞いでしまった。息もできなくなってしまったような閉塞感と孤独を感じた。辛かった。
忘れたかった、忘れかけていたその風景がディスクオルゴールの音色で突然思い出された。しかし、目の前の大きなディスクオルゴールは、優しいお年寄りのようにゆっくりとひんやりした空気の中で美しい音を奏でている。決して押し付けることなく、私の傷ついた心に、まるで寄り添うような音色。
演奏が終わると、ディスク盤は静かに下りていって、パタン!と音を立てた。その音を聴き、私の顔に自然に笑みが浮かんだ。「オルゴールだってため息をついている。」と。
私たちに聴かせてくれる前に「ああ、よっこらせ」と言う声が私には聞こえた。演奏が終わったら「ふう・・・長いこと演奏してるけど、いつも一曲終わると疲れるねえ」そんな声まで私の耳には確かに聞こえた。乾いた心に水が染み込んで来た感じがした。もう私は悲しくなかった。疲れも感じなかった。私は閉館まで四回たっぷりオルゴールを聴いて見て、触って楽しんだ。
帰りにオルゴールショップで、私はこのオルゴール館オリジナルのディスクオルゴールCDを買った。帰宅してCDを聴いてみたらやはりオルゴールのため息が聴こえた。
あれから一年たった今、私は健康を徐々に回復し、仕事も頂いて働いている。しかし、時折心が塞いで、涙も枯れてしまう時、私はこのCDを聴く。するとオルゴールのため息が聞こえ、私は安心してため息をつく。CDは静かに静かに「ゆっくり生きよう」と語り私に、生きる喜びと慰めを与えてくれる。